値上げは1972年から1975年にかけて卸売価格の上昇57パーセント、製造業の賃金上昇74パーセントというインフレーションを反映していたことから、日本の自動車会社は、ことにホンダのような生産量が少なく単位あたり原価の高い小さな企業は、その価格でもやっていけるものと期待されていました。
結局、ホンダ以外のすべての自動車会社はその形でやっていった。
だがホンダは価格を大幅に下げました。
もしそれで売上げが大きく上昇しなければ巨額の損失と破産は確実とみられました。
それはビジネスの歴史では典型的な決断の時・習熟曲線の先を見越した大胆な価格設定作戦の時でした。