30数年前、箱根街道の頂上の暴風雨のなかで〈ドリーム号〉を共に祝福したあの〈河島さん〉です。
あの時は山頂に雪を戴いた富士山が地平線の雲間に神秘的にいきいきと、そしてはっとするほど近くに輝いていました。
1983年には、ホンダは世界で最も急成長をとげた自動車会社となり、非アメリカ系の大手産業会社のリスト中でランクが大きく上がったそうです(68位から48位にまで飛躍した)。
日産とトヨタを除く日本の自動車メーカーをすべて抜いたのです。
さらに、ホンダは新しい形式のホンダ・シティを売出しました。
これによってホンダは急速に業界のリーダーの位置に近づくことができたのです。
シビックより内部の広い比較的ゆったりとしたミニ・カーで、1ガロン(3・785リットル)の走行距離68マイル(日本の市内走行時速45マイル)、4分の1マイルを18・6秒で突っ走り、1時間で70マイル、第四速ギアで時速90マイル以上、日本国内販売価格は3千2百919ドルでした(緊急用にあるいは、日本の都会ではよくぶつかる問題だが、離れた場所にある駐車場からの足の便宜に、トランクにポータブル型のモーターバイクを入れて3千6031ドル)。